導入
国際物理オリンピックとは?
理論試験
[!NOTE] IPhO2025 理論第3問 "Champagne!" Part C より
実験試験
試験以外の要素
IPhO2025 リレー日記
DAY0 7/16 集合・結団式
13:00 5人は東京理科大学神楽坂キャンパス1号館13階に集まった。井戸沼のドバイチョコレートが選手のワクワクや緊張感をやわらげる。
13:30 別館に移動、入口で菊池さんにサイフロ教員が来ていることを伝えられ、困惑。入ってみると校長だった、選手が入室したころには河野がいて、遅れてくぼた、小林が来た。結団式が開始、JSTの人トヨタの理化学研究の人、ヨビノリに出ている山本先生などが出席していた。
最後に、選手宣誓、前代表からの言葉があり、このときに気持ちが引き締まった。
15:00 1号館13階に行き、実験研修理論研修を行った、実験ではタイ大会のブラックボックスコンデンサをやった、 やっていることは割と簡単で、めずらしく心が折れなかった。理論研修で配られたIPhO24第1問(地球温暖化)は既知だったっで、電卓や他の問題に取り組んだ、電卓の精度は相当、実験に響きそうだ。
17:30 食堂で夕食を食べた。1人 up to 1000円で、 自分はかきあげうどんとアイスの実を食べた。角谷がアイスの実を床に落としたが、接触面積が0なので食べてた。
18:30 羽田空港に地下鉄で移動。
21:00 出発30分前に六厘舎でラーメンを食いになった、角谷と頭をふっつけ合いながら早食いした。(速食いの方が日本語として適切じゃね?)
22:00 ついに出発。 IPhO2025が始まった。
23:00 Dinner。豚のしょうが焼きを食べた、別にパンいらんて。
→すいみん
2:00 (HEL) Breakfast。ポークソーセージ以外の選択肢が存在しなかった。(オムレツ付き) しばらくすると、フィンランドらしい無限の湿地が広がっていた。全てがゴルフ場に見えた。
4:00 (HEL) 着陸。はまたろうが Safety Cardを入れるところにスマホを落としていて、 取り出すのに10分くらい戦った。前の人はとぞ迷惑がっていただろう。
予定より40分早く着いたので次のフライトまでだいぶ時間があった。オレたちの生気を全てうばわれたんかってぐらい角谷があばれ回る。
角谷がフライト中ひますぎて北極点付近でとった時間と座標の関数を見せてもらった。それはまるで実験の表のようで、2日後に迫るExp examを思い出させた。
ヘルシンキの朝の強い日に照らされながら日記を書く、次は5日後理論試験の日だろうか。
DAY1 7/17 登録
起きたらHelsinkiだった。"金髪美女"と"胸板厚いバイキング"がCAだった。Helsinkiでは俺とItami、その他3人で分かれて行動していた。俺とItamiはうろうろ空港内を歩き休憩所でごろついた後、マクアップルシグールとサーモンライ麦サンドを食べた。サーモンが新鮮でうめぇ〜。シダールもうめぇ〜。リンゴサイダーの上品なやつの味。3時間の国内線みたいな飛行機に乗り、フランスに着いた。
この後入国し、バスで1時間ぐらい待った後、ホテルに向かってレジスターをして、スマホにさよならを言う。部屋は3人部屋と2人部屋に分かれている。ガイドは金髪メガネ女性。部屋が狭く、EuPhO勢はジョージアに戻りたいらしい。昼食はサンドウィッチとリンゴとチップスだった。
バスルームはとても狭くて、トイレとシャワーが隣接していて、シャワーを浴びるとトイレが水浸しになるので、トイレは167、風呂は106でやるという法律を作った。
IChOで🇦🇺人と仲良くなったので渡されていた手紙をIPhO代表に届けた。角谷は風呂に入らないらしい。その後は部屋でダラダラした。
Ahamadが変なことを言っていた:日本食とその他、一生どちらしか食べられないなら、Ahamadはどうする?と聞かれたら、日本食を食べると答えた。だがしかし、中華料理とその他、どっちかしか食べられないなら、どうする?と聞かれたら中華料理を食べるらしい。矛盾してないか?
AhamadのLINE
それと、トンキン大学になぜ女性より男性の方が多いのか?という議題を議論した。
夜飯はホテルの地下のレストランで食べる。イタリア料理で、味は良い、量は不足。
DAY2 7.18(金) 開会式
朝は6:00に起きた。"朝食は1人20分まで"、俗に言う二郎形式である。サクサクのクロワッサンや卵焼き、ソーセージを頂く。7:45から開会式の会場へ向かうのだが、渋滞と安全運転により到着が遅くなってしまった。
開会式は思った5倍はきちんとした場所で行われ、ノーベル賞2012の受賞者が光速の測定と時間の科学史の話をしたり、エコールポリテクニックのオーケストラが演奏してくれたり、ムキムキ黒人と小柄女性が躍ってくれたりした。最後はフランス近衛兵の鼓笛隊であった。 UK Teamがなぜか司会にからかわれていておもしろかった。 Lanchは立食形式みたいな感じで、ハンバーガーちジュースが自分のお気に入りであった。 APhOで知り合った人々何人かと再会を果たす。
その後はそのまま博物館の展示をめぐることとなった。14:00からのプラネタリウムを見ようとしたがいっぱいだったようで15:00~になった。待っている間、回転する部屋(回転座標系)でボールを投げてコリオリ力を学ぶ。コリオリ力で曲がったボールだったら人に当てても良さそうな雰囲気だった。このパワーアトラクションは3周した。Itami以外の人々でブラウン運動の展示で遊んでいると14:50の集合時刻を過ぎてしまった、その後はホテルに戻るため、Itami君はガイトとおもろいプラネタリウムを見たらしい。悲しくも入れなかった我々は水時計を研究していた、その後はホテルに戻るまで、行きの続きの実験道場の復習と休憩を繰り返した。ようた曰く、ロシア人は反プーチンでゴルバチョフガハハ(冷笑)らしい。
夕食はパエリアが美味かったものの、サラダ(副菜)の制限が厳しく、黒人のおばちゃん警察との戦いが始まった。明日はついに実験試験。no watch, no snacks, no pens らしい。ようたはブチギレである。
DAY3 7.19 (土) 実験試験
ようたが部屋に入っていた。彼は167のトイレを使いたいようだ。5時40分:あと3時間。起きて106号室で顔を洗った。ようたは腹痛だった。4時ごろからずっとトイレにこもっているようだ。(メモ:ようたはどちらの部屋の鍵も持っている) 心配よりも怒りが勝った。体調のせいで悪い成績を取ることが腹立たしかったから。"体調も実力のうち"と言われたもののの、自分はそうとは思わなかった。
バスに乗る。朝はすがすがしく、晴れて少し涼しいぐらいだった。この数時間はとてもあわただしかった。朝食の行列、薬を渡しにようたを探す時間など、とても試験前に落ち着く時間は取れなかった。
バスで目を閉じて想いを巡らせる。絶対に全完する。
Ecole Polytecnique に到着。と思ったらホールの前の広場で1時間待たされる。入る前に全員にインタビュー? なわけあるかぁ。手際悪すぎか。
やっと入場できる。白いおじさんにSnackとDrinkは持ち込みOKと言われる。ただ時計は無理だった。時計は1時間ごとのアナウンスしかないと言われた。は? そんなわけはなかったが、(実際はストップウォッチの時計機能で時間がわかった。) さすがに心配だった。ただお菓子は持ち込めたので部屋の前に大量に並べて試験に挑む。
試験15分前。トイレに行こうとすると、2部屋しかなくて、自分たちを含めて10人ほどがqueueに並んでいた。え、これ待つの?試験中にトイレに行けるか心配になった。列に待ちながらチームメイトと話していると、急にアナウンスが流れた。試験が始まったのだ。は? 走ってブースに戻り封筒を開封する。
ここからの試験の様子は自分視点で別記事に書いてます。
試験が終わる。自分は5時間トイレにも立たず全力を出していた。頭痛がする。全力を出せたと思うし、どう考えても失敗はしていなかったが、それでも16.5点分しか解けなかった。本当に絶望する。というか実力不足に本当に絶望した。
ただ他の人はT2を完、T1Aもそこもできててまあいい感じそうだった。試験場が暑かったせいか、(もちろんフランスなのでエアコンはない) Ahamadは軽い脱水症状になっていたみたいだ。
DAY6 7.22(月) エクスカージョン (サイエンスツアー)
今日はね〜研究室見学ッス。
バス8:45出発だと思ってたけど 7:45でした、チックショ〜朝飯キャンセル。
研究室っつうか、研究学園都市的な施設らしい。PhDが120人くらいいる研究所。
3.今日は列班分けが特殊なのでいつものBus7での行動じゃなくて、タイとキューバとでした。小さめのホール(正孔じゃないほう)で軽い研究室紹介を受けた後、最初に連れて行かれたのがPartical Accerelatorだった。Spring-8 より小規模だが中性子も飛ばせるとかなんとか。いつもの四重極子磁石が管にいっぱいついてた。 これレンズらしいっすね〜キューバ人がウラン缶の上に座っていてえぐい。
次はCavityについての研究室。硫酸硝酸50Lとかもっててえぐい。同じ班のキューバ人がクリーンルームの電切って修羅場に。常でも実はAhamadがやったらしい。(草)
昼飯:激ウマ!! ラム、サラダ、ツナピザ、サーモン、チキン、マッシュポテト、カマンベールチーズ、うまかった。日本語でフランス人がいた。クレメンスに「yota」と言ったら「Sato.」と返してきて面白かった。
別の研究室施設に来た。4つ見ていく。
電子顕微鏡。電子は磁場で曲げられるけどX線は曲げられんから電子を集中させられる点、電子顕微鏡の方が優秀らい.
シアノバクテリア。セーヌ川で遊泳解禁だけど人々が入ってから1ヵ月くらい様子見て旅そいつらが気になるかチェックしてから入るぜとか言ってる陽気なおっちゃんとPhD Student が光合成の話してくれた、シアノバクテリアは光合成効率がエグ高いとかだけど、CO₂吸うから、もともとpH6.5とかの液がpH11とかになっちゃうらしい。
針うごかして表面見るやつ、 graphiteの面に針を1nmぐらいの距離から近づけて表面を観察するやつ。実際に見るのは初だった。
10.シャボン玉。
こんな膜つくったり、
こんな膜つくってたり、
こんな膜つくったりして楽しかった。
シャボン液がのびに強くなってポリマー入れるといいらしいよ。だ液もタンパク質あるかのびるんだ?
プラトーの定理っていうのがすごい。シャボンの面が3面が1線で交わる時、120度ずつで交わる界面こそエネルギー を最小化できるらしい。 (それはそうか。)
"Proper French Dinner"
Harm, the committee sald in our bosblet this meal wos proper which meas humplies our ordinary meats of ours are Improper...
sone bogue the Auguay Es we had lattatenye Q), stend beet, authentic chexe (3 binds st) and desserts, baguette was the best for me but others called Salmon with green onion" eco-villkin negitors" and favored it. We talked about Clémene home and noticed how Board (Taves & pravos French "e" sound.
DAY7 7.23(水) エクスカージョン (パリツアー)
DAY8 7.24(木)
0時を回った。本当は今日が感動のフィナーレとなるはずだったが、サプライズでそれが早まってしまった。ついさっきのことを思い出す。金メダルという結果は疑っていなかったが、3位というのは驚きだった。ガイドに送られてきた順位表を見た時、日本国旗を上から10番目ぐらいに見つけ、少し落胆した。それは目標としていた10傑入りを果たせなかったからだ。よく見てみると、点数は下から上に並んでいるとわかる。つまり自分は3位だった。上にはヒョクチュンというかわいい韓国人と、中国人だけがいて、他の400人は全員自分の下にいた。
AWを逃した、というのはだいぶ傲慢で、自分は13.3+26.5=39.8点, 2位の中国の人が41.2点, ヒョクチュンは43.2点だった。39.8点は上振れでも下振れでもない点数(理論でちょっと上振れ、実験で下ブレたので)で、自分の犯したミスなどを思い返すと、7/17に何回戻っても1.4点は取れてもあと3.4点は取れるわけはないなと思った。自分の実力がこんなもんだとはっきりわかったし、これぐらいあるんだぞって証明できたことは良かったのかもしれない。ちなみに4位の香港の人はapho2023からいた古株で、実はIMOで金メダルを取ってるらしい。こいつの方がよっぽど凄いな。
そんなことを考えながら半開きのスーツケースの前に立つ。スーツケースの前でぼーっと立ち尽くしてしまうことがしばしばあった。それは感傷に浸る時間というよりも、スーツケースから何かを探そうとしてそれがなんだったかを忘れてぼーっとしている時間だった。伊丹くんは寝て、井戸沼くんは中華界隈と卓球をしに行ったので、金メダリスト2人の部屋に向かった。日本は国別5位だそうだ。Ahamadくんがリークの順位表を見て必死に数えていたらしい。彼は相当嬉しかったのだろう。調子に乗るのもうなずける。何を話したかは覚えていないが、話すことがなくなった自分は、Ahamadくんのベットで寝落ちしてしまう。幅90cmのベッドのうち、40cmをAhamadが、15cmを彼の私物が占領していた。Ahamadも私物もuncompressibleであるので、狭い思いをしながら数回目を覚ました。
窓の外が薄明るくなった5時半ごろ、部屋に戻ってシャワーを浴びる。目が覚めたら8時半だった。蒙古タンメンメシを作って食べる。ガイドと約束していたシティーツアーに向かう。
(シティーツアー)
午後からは閉会式(Medal Celemony)だった。jphoオリジナルTシャツに着替えて、バスに乗る。パリ郊外の産業大学に向かう。10GBのEsimの通信量を全然使わないままフランスを出るのは悔しいので、道中では無闇にYouTubeでクソ映画のレビューを見た。会場は開会式のホールより狭い大講堂のような会場で、とても銅メダルの人数を前に出せるとは思えなかった。ちなみにこの時まで、伊丹くんはまだ銀メダルかどうか知らないらしい。(流石に取れると思っていたが)ここまで持ち込まれると結構ドキドキするんだろうなという感じだった。
Twitterで22時からと予告していたが、前半はありがたいお話と、ノーベル賞のアスぺの講義があり、流石にメダルセレモニーが始まるまで長く、配信の人はつまらなかったのではと思った。途中で司会のマクロンに似ているやつとアスぺ教授が喧嘩すると言う珍事が起きた。
メダルセレモニーが始まる。HMの人はただ名前を呼ばれるだけだった。しかもフルネームでもないし、国名もないので、一瞬で終わってしまい少し気の毒だった。銅メダルが始まる。これは国順に名前を呼んで前に出るものだったので、順位に関わらず呼ばれる位置は固定される。Jぐらいのスライドで、誰も名前はなかったので、3金2銀が確定した。ちなみに銅メダルの人は多すぎて何かを囲むと言うわけわからないスタイルで、まぁこれもちょっと気の毒だった。
銀メダルを取ったのは井戸沼くんと伊丹くんだった。国旗を持って2人同時に送り出す。国名はJapanなので、2段目の真ん中ぐらいの位置に辿り着けたが、残念ながらその後の国が多すぎて覆い被されてしまった。おめでとう。
銀メダリストが流されて、金メダルの番になった。37人は一列に並ぶには少し多かったが、うまく動けば小さい自分たちでも写真に映るぐらいはできそうな人数であった。3位なのでTOP3の表彰(aphoではあったらしい)を期待していたがなかった。3人同時にステージに降りる。先ほどのアスペ教授にメダルをかけてもらい、お前はどこからきたのか聞かれた。JAPANと答えたら、JAPANのどこか聞かれた。質問の意図を読み取ることが難しい時もある。
1列目の左の方に立つ。できるだけ前に行こうとした。この時だけはメガネを外して、いい感じに笑顔になろうと思ったが、どうすればいいかわからなかった。自分としては口角を上げて笑おうとしたのだが、あまり笑っていなかったらしい。ここ1週間冷笑が話題のテーマになっていたこともあって、自分は冷笑しかできなくなってしまったのか。笑い方も忘れてしまうなんてバカみたいだった。他の2人と同じように、ステージに立っておっちゃんず(先生方)の方を向いた時は誇らしかったと思う。
その後はBE,BT,そしてAWの表彰があった。BE(実験一位)は自分がナイフ使いと昔から呼んでいるルーマニアの選手で、普通にかっこいいが、撮影に無限円かけていそうな顔写真に笑ってしまった。ちなみに自分の写真は場違いな写真だった。AWは韓国のヒョクチュンという男で、このような見た目をしていながらaphoとipho両方で一位を取る伝説級の人間である。純粋に凄いなと思った。
閉会式が終わり、ブースで写真を撮った。このとき柴橋先生から笑え!とめちゃくちゃ言われたが、笑い方がよくわからないので、冷笑と同じ笑い方をしてしまった。これでよかったのかもしれない。3金2銀の写真はメダルの色がバランス良くて映えるな。ちなみに、3金2銀は日本では過去最高成績で、2011年に一回達成しているものの、順位的には今年の方が圧倒的に高いので、申し分なく20年間の歴史で最高成績だと言ってもいい。勝手にキャプテンを名乗ってミーティングなどを開いていろいろ教えたりしていた自分は、自分のチームが過去最高成績だったことが特に誇らしかった。
そしてお別れパーティーに向かうが、相も変わらず食事はすぐなくなる。ドリンクだけ飲んであとはあしらっておいた。最後のイベントなので、友達、と言っても今回はあまりできていないが、にお土産を配ってさよならを言いに行った。まぁまずはヒョクチュンと写真を撮りたかった。韓国チームのところに行くと、ヒョクチュンはインタビューでいなかったけど、別の選手に I respect you と言われた。尊敬されることは嬉しかったが、それよりも尊敬という気持ちが存在していたことに気づかされた。確かに自分はヒョクチュンや去年のロシア代表の人々、中国の選手、ルーマニアの選手、田中優希やktsskなどを凄いなと思っていた。それを尊敬という気持ちで表現できることに気づかされた。I respect you. 今まで尊敬してきた人たちにまた会えるかはわからないが、今度から多用しようと思う。この後はヒョクチュンと他のチームメイトと写真を撮らせてもらい、インド、モンゴル、カザフスタン、ルーマニア、中国、USAの人(のちの"F"である)と話してお別れを言った。今まで話せなかったロシア代表とも話せた。もっと早く話しかけていればと後悔した。全体を通して、今までの大会より話した友達の数は少なかった。別にそれでもいいと思うが、出会いは大事にした方がいいとも思った。
DAY9 7.25(金)
22時ごろにホテルに帰宅し、全てのofficialイベントが終わった。
23時ごろ、ガイドのクレメンスに、パリ中心部にいるから遊びに来ないかと言われた。え? ジョージアの奴らが一緒に行きたいって言っているらしいが、ジョージアの奴らもガイドがいなかった。夜にガイド抜きでパリまで行くのは流石に厳しいように思えたので、悔しいがパスした。多分行ってたら荷物作りが終わってなかった。0時ごろ、Ahamadの部屋に行って灘の話を聞いた。灘中入試は地頭ゲーらしく、こういう漢字パズルもあるらしい。ちなみに1番はまだ解けていない。途中で東辻先生から電話が来た。バスの時間が6時になったのをメールで伝えたが既読がつかなかったからだ。すみません。
そしてクレメンスにあげるためにみんなで手紙を書いた。ようたは俺のベッドで寝た。2階からポテチといって伊丹くんの上に落としたりとか、とか、俺のガムをベットにぶちまけたりだとか、なぜかようたが荒ぶっていた。手紙を書いてお土産をまとめてたらいつのまにか4時になっていた。出発まであと2時間。みんなは寝てしまったがまだ荷物の整理が終わっていないのでシャワーを浴びる。このホテルとももうお別れか。5時半になって出発の時間なので、ようたを起こしたら"お前なんでそんな荒ぶってんだよ"と身に覚えのない罵倒をされる。荒ぶってたのはお前なんだよなぁ... ちなみに井戸沼くんはギリギリまで起きなかった。
ロビーでバスを待つ。クレメンスに手紙を渡す。あとはお土産にカービィのペンケースを渡した。別れを言ってバスに乗る。いつもこのシーンは泣きそうになるが、今回は泣かなかった。他のみんなは眠くてそれどころじゃなかったみたいだけど。ありがとう、クレメンス
それからバスでシャルル・ド・ゴール空港に戻る。さっきまで寝てなかった反動でここは完全に寝た。朝のシャルル・ド・ゴール空港はとても寒い。とても7月とは思えなかった。あとデカすぎ。Gの荷物の重さ測る君で自分の荷物を測ったら、27kgでだいぶオーバーしていた。急遽開いて勉強道具として持っていった紙をAhamadの3輪車に全部入れた。で自分の空の大きいカバンを取り出して、手荷物の小さいカバンを食べさせた。手荷物は1個のままだった。伊丹くんも苦戦していたが、なんとか通過した。そのまま保安検査場まで上がると、まさかのクソみたいに長い列(50mみたいな列を20往復ぐらいする)を歩かされた。冗談抜きで1km弱ありそうだった。あとパソコンとかは全部出さないとダメな面倒なタイプだった。色々終えて出国。10:50の飛行機を待つだけだった。
ゲートで8/3に受けようと思っていた東大模試の申し込みと、日本に帰ったらどこで打ち上げするかの投票をした。一人1票だと1つの選択肢にしか投票できないので、iphoで獲得した点数を四捨五入した票数を与えて、任意の選択肢に投票することになった。自分は39.8点なので40票、井戸沼くんは28票、Ahamadとようたは33票ずつだった。自分は34票本命に入れ、残り6票を第2希望に入れることにした。これでAhamadとようたの全力投球をあしらうことができるからだ。実力の差を感じた。結果はこうなった。
飛行機に乗る。国内線のような小さな6列の機体で、機内食もない。眠かったし通路側だったので3時間ぶっ通しで寝た。気づいたら到着してた。到着後井戸沼くんが秒でSUBWAYを買いに行ったら、G先生に怒られてた。"勝手なことしてもらっちゃ困るヨォ" ヘルシンキ空港ではEU圏内なのでパスポートコントロールしかなく、そのままゲートに入れた。お腹が空いていたのでバーガーキングを食べた。14ユーロ=約2500円と高かったが、久しぶりにこういうものが食べられて美味しかった。お土産としてフィンランドで有名なチョコレートを買った。
中華料理食べ放題として安くて美味しいと聞いていた南国亭を探して、時間が(店が空いてない時間だったので)日本にいるまきとくんに予約をお願いした。飛行機に乗る。これでやっと日本に帰れると思うとすごく嬉しかった。24日ぐらいからずっと早く帰りたかった。疲れてたんだと思う。
DAY10 7.26(土)
この飛行機(エアバスA350)はクソデカ飛行機でモニターもあり、ブランケットもあるしドリンクは好きなだけ頼める。唯一の不満はフライト時間が13時間もあることだった。出発してすぐ機内食が出て、あとは外は北極で真昼間だけどおやすみモードに入った。(今回は日の出が2回あるとかいう珍事には遭遇しない。) 自分はこれを編集して、井戸沼くんはずっと絵を描いていた。(彼は絵を描くのが得意だなぁ) あとはモニターでよくわからない選曲のjpopを聴いてみたり、またフライトマップで緯度を確かめたりした。今回は89度32分まで行けた。そのあとは、普通に日本の"ラストマイル"という映画を見た。これは超面白かった。飛行機とかであったら見るのをオススメします。
ぼーっとしていると北極航路通過証明書がもらえた。ロシア領空を通過できないので、北極海を通りましたよというお土産をフィンエアーが配っているそうだ。そんなものをもらって、気づくともう日本の陸地に入っていた。機内食キャンセルだったので打ち上げの中華料理が待ちきれなかった。あるあるな税関の紙を書いて到着。やったー
よく見るマリオが出迎えてくれる階段が見たかったが、それは今回はなかった。ゲートは文字通り顔パスで通過。荷物もロスなく受け取れたが、Ahamadの荷物が開けられて何かを破棄しましたという紙が入っていたそうだ。カメラのバッテリーかな? と思ったが、それも違う。何が取られたか未だにわかっていないらしい。ゲートを通過して解団式を行う。
書いていなかったので国旗にコメントを残し、先生に返した。3年間お世話になった先生とも一旦お別れ。委員長の東辻先生は今年で終わりで、来年から松本先生が委員長で、岡部先生が副委員長になるらしい。jphoの先生はベテランではあるが年配の人ばかりで、若い先生が一人でもいたらなぁとは思ったりした。スーツケースを閉じて"これで終わっちゃうのかぁ"なんてぼやいてたら、東辻先生から"何言ってるんですか、あなたはこれからでしょ"と言われた。確かに、物理オリンピックは終わったけどそれはその終わりでしかなかった。3年間(?)取り組んできたそれが無くなって今は何かのスタートなのかもしれないが、この先に何があるかはわからなかった。わからないからこそワクワクした。3年間ありがとうございました。
食べ放題の時間がちょっと先だったので、空港でダラダラ過ごすことにした。デッキに出てみると外はバカみたいに暑かった。日本の夏のエグさを思い知らされた。officialから結果が出ていて、黄色いサイトも更新されていた。ずっと見てきた統計サイトに自分の名前が載っているのは嬉しかった、とAhamadが言っていた。自分は実験6位、理論5位だったらしい。バランス型だった。親が国別の平均点を出してくれた。日本は合計7位で、実験が2位だったらしい。やっぱり実験はだいぶうまく行っていたそうだ。今まで理論がそこそこできて実験は中の中ぐらいだった日本が、なんで今回うまく行ったか考察した記事は別にあげようと思う。
今まで乗ったことがなかった羽田から浜松町まで行くモノレールに乗る。結構近未来感がある風景でワクワクした。ipho東京大会も、外国人から見ればワクワクして楽しかったのかなぁなんて想像した。南国亭 浜松町大門店 でまきとと合流する。彼は夏休み中だった。オープンと同時だったので自分たち以外の客はいない。待ちに待ったついに打ち上げが始まった。
打ち上げといっても大したことはせず、淡々と中華料理を食べていくだけだった。餃子、エビチリ、よだれ鶏、焼売、チャーハン、きくらげ(?)、あんかけ焼きそば、担々麺、レバニラ、ゴマ団子、杏仁豆腐... ウマい。とにかく美味かった。美味すぎてすぐお腹がいっぱいになった。普通にどの料理も美味すぎてびっくりした。この時だけ小食なことが嫌だったぐらいだった。あとはまきとにこの1週間を報告した。楽しい時間はあっという間だった。
隅田川花火大会があるので見て帰るのも良かったが、灘勢は新幹線があるし、自分には27kgの足枷があるので、東京タワーを眺めて解散にした。忘れられない夏の思い出になった。帰りの電車で花火見れるかな〜なんてアリスとテレスのまぼろし工場みたいなシーンを想像したが、実際は座っていたらうとうとして27kgの箱から手を離して慣性力で電車内を暴れ回らせてしまった。気づいたら1ドア分先のところにいて、めちゃくちゃ迷惑をかけた。本当にごめんなさい。
家に到着して泥のように眠った。起きたらまた普通の日常が始まる。去年のeuphoの最後の夜、小林が子供最後の日やって言ってまくらチャンバラを始めてきたのを思い出した。自分にとっても今日がそうなのかもしれない。高校の運動会が終わってからの2ヶ月間はずっとiphoの勉強をしていて、それが無くなった今は実際少し燃え尽きている。この先どんなことがあるかわからないが、少なくとも中3のころ物理オリンピックを始めて良かったことは間違いない。
自分の経歴
代表になるまでの道のり
上から6,18,30人がそれぞれ金、銀、銅賞をもらえます。最も重要なことに、高3以上を除いた上からの12人は代表候補に選ばれて研修が受けられます。直近3年のボーダー感は、
平均点が
理論
実験
合計
2022
180
72
252
2023
152
157
309
2024
135
99
234
で、賞のボーダー感は
優秀賞
平均点以上
銅賞
平均点+30~40
銀賞
平均点+60~80
金賞
人次第、平均点+100?
で候補ボーダーが、
2022(14人)
銅賞最下位まで
2023(12人)
優秀賞上位1列ぐらいまで
2024(12人)
銅賞中位まで
でした。
あとは、さまざまなトロフィーがあって、総合1位、理論1位、実験1位、高2以下1位、初参加1位、1次合計1位、女子1位とかがあり、結構豊富なので、特に初参加の人はビギナー賞を狙いましょう。
最後に